ACNレポート 2010年1月号
地中海地域での種苗生産の現状と今後
原文:Present and future status of Mediterranean fry production
Pavlina Pavlidou Hatcheries Division Manager Selonda
Finefish newsletter Issue No.6 (2009年11月発行)
訳 太平洋貿易株式会社 松本美雪
Seabass(学名:Dicentrarchus labrax 和名:ヨーロッパスズキ 以下スズキ)とGilthead seabream(学名:Sparus aurata 和名:ヨーロッパヘダイ 以下ヘダイ)は、地中海地域で海面養殖されている主要な魚種である。これら二魚種の生産量は、ここ数十年で徐々に増加してきており、種苗生産技術の向上がその要因の一つとして挙げられる。より高品質な種苗を供給し、また、生産コストを最小限に抑えるために、種苗生産の技術は現在も発展し続けており、それは、地中海地域の海産魚養殖にとって非常に重要な意味を持つ。
種苗生産技術が向上したことによって、
- 魚種・数量共に、養殖場が必要とする種苗を確保できる。
- 種苗の質が安定しており、良好な成長が保証されている。
- 垂直的に統合された企業体での種苗生産コスト削減に寄与し、高い種苗販売利益(種苗1尾あたり約10セント)と種苗の質の向上(奇形がないこと、生産サイクルの短縮、餌料効率の向上、斃死率の低下)によるコストの大幅な削減(成魚価格1kgあたり30-35セントの利益上昇)をもたらした。
- 新魚種の生産の可能性が拡大した。
地中海地域での種苗生産量は、1998年の3億8千万尾から2007年の10億尾以上(伸長率175%)と、過去10年にわたって安定して伸びてきた。しかし、2009年の生産量は、昨今の魚価の下落を反映し、前年比25%減の7億5千万尾程度と予想されている。2009年以外で唯一生産が前年割れしたのは2004年であり、これは2001~2003年に起こった魚価の下落が原因である。一方、この期間の種苗価格は、1998年26セント/尾→2009年20セント弱/尾(下落率23%)と比較的安定している(図1)。
地中海地域でスズキとヘダイを生産している主な国は、ギリシャ、トルコ、イタリア、スペインそしてフランスである。2004年から2007年にかけて、ギリシャとトルコは種苗生産量を飛躍的に増加させ、ギリシャの種苗生産量は2007年に4億5千万尾に達した。しかし、2009年時点では生産量が減少し始めており、最終的に2004-2005年レベルまで落ち込む見込みである。トルコでも同様の傾向が見られ、これは両国が同じような生産パターンを辿っていることを意味する。一方、イタリア、スペイン、フランスの三国の種苗生産量は、各国とも1億尾を越えない程度である(図2)。
種苗生産が魚価に及ぼす影響
スズキ・ヘダイの主要生産国であるギリシャの種苗生産量の推移を分析すると、二魚種の合計生産量のうちヘダイの占める割合が2004年から2007年にかけて大幅に増加していることがわかる。この間、スズキの種苗生産量はほぼ横ばいであるが、ヘダイについては、2007年に過去最高となる3億2千万尾に上っている。このヘダイ種苗生産量の大幅な増加の結果として、2007年に4.0ユーロ/kgだった魚価が、2008-2009年シーズンには3.3ユーロ/kg
まで落ち込んだ。在庫過剰にならなかったスズキの魚価に関しては、この間も比較的高い水準で推移した(図3)。 よって、2008-2009年シーズンのヘダイの魚価下落は、養殖業者がヘダイの稚魚を大量に導入したことにより過剰在庫を抱えてしまい、結果的に需要と供給のバランスが崩れたことが大きな原因のひとつであったことがわかる。
業界の再編
2003-2004年に魚価の暴落が起こってから目立っていた企業合併の動きは、2008年のヘダイ価格の暴落によってさらに加速するものと思われる。2004年に78あった地中海地域の種苗場の数は、過去5年で61まで減っており、2008-2009年シーズンは、ギリシャで6箇所、トルコで4箇所の種苗場が操業を停止している。ギリシャでは、22箇所の種苗場のうち、3分の1に当たる8箇所がギリシャの大手2社に属しており、2009年シーズンはこの2社でギリシャ全体のヘダイ・スズキ種苗生産量の62%に当たる2億尾を生産する見込みである。また、これら2社とは別の大手3社合計で、ギリシャ全体の生産量の28%を生産する予定であり、従って、この5社合計で全体の9割を占めることとなる。
結び
魚価の暴落による業界再編と世界規模の金融危機の二重の影響を受け、今後も種苗場の稼動数は減ると見られる。この状況は、地中海地域の種苗生産業界で、今後更なる経営統合の動きを加速するのではないかと考えられる。また、企業の垂直統合によって効率化が図られた結果、第三者販売は今後減少すると見込まれている。この難局を切り抜けるまで、各種苗生産業者は、高い在庫水準を維持し、大きなサイズの種苗の供給力を強化するために、大規模な中間養殖場の運営に動いてくると考えられる。また、生産と種苗の質を向上させるべく、選抜育種の定着や生産技術の発展のための新たな研究プロジェクトに、更なる投資が行われると予想される。また、多様な選択肢を市場に提供し、各社の競争力を高めるためにも、新魚種の生産が注目されるだろう。